世田谷区史編さんにおける「著作者人格権の不行使」問題についての声明と賛同者一覧

2023年3月18日
ユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)

 世田谷区は2016年から世田谷区史編さん事業を開始し、原始・古代から近現代にわたる史料の収集・調査にあたってきました。ところが、2022年、執筆の段階になって突如、委員(歴史学者)に対し「著作者人格権の不行使」を求め、承諾しなければ編さん委員としての委嘱を打ち切ると通告してきました。私たち出版産業で働くフリーランスの組合であるユニオン出版ネットワークは、この「著作者人格権の不行使」要求に強く抗議します。
 区史は歴史研究の成果にもとづいて編さんされる公的刊行物です。世田谷区史も「最新の(研究)成果を盛り込んで編さんする」「各分野の専門家の執筆による、学術的に高い水準を保ちながら、なるべく平易な文章で区民に分かりやすく、読みやすい区史を編さんする」ことを編さんの基本方針としています(「新たな世田谷区史編さんの基本的な考え方について」)。  
 そのためには、学問の担い手である各分野の専門家(執筆者)の著作者人格権を尊重し、専門家と区が対等な立場で協力しながら編さんを進める必要があります。ところが区は、自身の原稿を勝手に書き換えられない権利を含む著作者人格権の不行使、著作権譲渡の承諾を、編さん委員就任の前提条件として提示しました(2023年2月10日付「4世企第402号」)。
 著作者人格権は「著作者の一身に専属し、譲渡することができない」重要な権利です(著作権法第59条)。学術的出版はもとより広く出版実務において、著作者人格権はこれまで尊重されてきました。それを世田谷区が軽視しようとしていることは看過できません。
 さらに依頼主が行政、執筆者が歴史学者の場合、「著作者人格権の不行使」は権力による「歴史修正」へとつながる危惧があります。実際、2005年に、『流山市史』(通史編・近代史)では2328か所もの無断改変が行われ、学術界と社会を揺るがす事件となりました。そのときは執筆者が著作者人格権を保持していたため市側が謝罪し和解に至りましたが、あらかじめ「著作者人格権の不行使」を承諾していたら執筆者が抗う拠り所もありません。世田谷区は「歴史の改変などしない」と言っていますが、執筆者に無断で改変できるような枠組み自体が問題で、悪しき先例として他自治体に波及する危惧もぬぐえません。
  そもそも、区は著作者人格権不行使・著作権譲渡を求める理由に「編さん委員会による編集(のしやすさ)」と「刊行後のデジタル区史の発刊や図表等の2次利用」をあげますが、前者は執筆者と編集者との協議・合意によって、後者は利用許諾によって容易にできることであり、著作者人格権不行使・著作権譲渡を強要する必要はありません。
 そして、こうした自治体史の編さん・執筆には、任期付きの研究員や大学院生が業務委託を受けてあたることも少なくありません。自らのあずかりしらぬところで原稿が勝手に書き換えられるおそれがあり、さらには権力による「歴史修正」へもつながりかねない「著作者人格権の不行使」を条件に契約を交わすことが一般化するとすれば、そのような若手研究者の自由闊達な調査・研究活動を委縮させ、学術研究の未来にさえ悪影響を及ぼす可能性があります。
 専門家をないがしろにする区の対応には、区議会議員、研究者、マスコミからも疑問と批判が相次いでいます。組織に属さない著作権者の権利を守ってきた私たちも看過できません。専門家と行政が協力してより良い区史を刊行するためにも、立ち止まって再考することを区に強く求めます。

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<私たちもこの声明文に賛同します>
【団体】
歴史科学協議会理事会・全国委員会
奈良歴史研究会 
日本家系図学会
一般社団法人歴史教育者協議会
静岡県地域史研究会
歴史学研究会
日本史研究会
千葉歴史学会
里見氏研究会
NPO法人安房文化遺産フォーラム
東北史学会
京都民科歴史部会
横浜蒔田の吉良歴史研究会
歴史学会
日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)
フリーランスユニオン
横浜市従業員労働組合本部
横浜市従業員労働組合鶴見支部
横浜市従業員労働組合書記局支部
横浜市従業員労働組合教育支部
横浜市従業員労働組合 総務財政支部
民放労連関東地方連合会
音楽出版社 マザーアース株式会社
一般社団法人日本ISMNコードセンター
日本ジャーナリスト会議(JCJ)
筑摩書房労働組合
全国一般東京東部労働組合
全国一般東京東部労働組合フリーランス支部
岩波書店労働組合
平凡社労働組合
桐原ユニオン
新聞通信合同ユニオン
電算機関連労働組合協議会(電算労)
映画演劇関連産業労組共闘会議(映演共闘)
映画演劇労働組合連合会
日本舞台芸術家組合

 

【個人】
広浜綾子(イラストレーター)
杉村和美(編集者)
瓜谷眞理(校正・執筆)
久野一郎
山口 文
久保則之(久保企画編集室代表)
中脇 聖(日本史史料研究会研究員)
原 章 (編集者)
石原 俊(明治学院大学教授、歴史社会学)
於保清見(フリージャーナリスト)
大場秀浩(契約社員)
大津郁雄(弁護士)
早川正司(歴史研究者)
高橋 誠(算数史家)
小林拓矢(フリーライター)
中根正人(筑波技術大学職員)
オオスキトモコ(イラストレーター)
天野忠幸(大学教員)
加嶋恵典(地方公務員)
重田みち(京都芸術大学大学院教授)
松本浩美(フリーランスライター) 
川村 肇(獨協大学教授、教育学)
原謙三郎(校正)
小松美彦(東京大学大学院客員教授、科学史・生命倫理学)
高木恒一(立教大学社会学部教授、社会学)
佐藤雄基(大学教員)
白石 孝(NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長)
石川昌義(日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)議長・新聞労連委員長)
嘉納 泉(校正者・編集者)
関根千津子(校正者)
牧原勝志(合同会社パン・トラダクティア代表社員、翻訳者)
浅田進史(駒澤大学)
佐々木創(大学非常勤講師)
清水敏之(歴史研究者)
奥田 龍(編集者)
伊藤陽寿(大学教員)
森 健一(現代史研究者)
細川重男(中世内乱研究会総裁)
吉兼裕貴(銀行員)
矢野治世美(大学教員)
岩崎貞明(放送レポート編集長)
鈴木由美(中世内乱研究会会長)
松元ちえ(ジャーナリスト/メディア協同組合アンフィルター)
滝川恒昭(敬愛大学特任教授)
宮本眞樹子
安保 恵(求職中無職)
村上紀夫
坪内啓二(会社員)
荻窪圭(フリーランスライター)
山田邦和(同志社女子大学教授、考古学・都市史学)
将基面貴巳(オタゴ大学教授)
宮崎慎之輔(カメラマン)
中川五郎(フォーク歌手)
白石博則(和歌山城郭調査研究会代表)
伊藤克己(日本温泉文化研究会代表)
小島道裕(歴史研究者)
長塚真琴(一橋大学教授、著作権法)
橋詰雅博(ライター)
佐藤博信(歴史研究者)
河辺孝一(校正者)
岡村正純(書店員、日本史研究会会員)
秋月俊也(民族派)
五十嵐美那子(図書出版生活思想社)
小番伊佐夫(三一書房代表)
清原昭彦(団体職員)
辻 浩和(大学教員)
木下光生(奈良大学教授)
鴨志田智啓(下野中世史研究家)
川岡 勉(歴史研究者)
林 英一(大学非常勤講師、民俗学)
鈴木 清(元世田谷区埋蔵文化財調査事業調査員)
小豆畑毅(戦国史研究会会員)
愛沢伸雄(NPO法人安房文化遺産フォーラム代表)
幸野 真(会社員/歴史マニア)
香取美貴
松丸健二(福田村事件を記録する旧田中村・民の会)
石田正人(「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を守る会)
前田年昭(神戸芸術工科大学非常勤講師)
金城裕子(理学療法士)
河上 茂(日本科学者会議東京支部個人会員世話人)
安田浩一(ジャーナリスト)
金 暎淑(現代美術家)
池田恵理子(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」wam元館長、元NHKディレクター)
阿部治正(流山市議会議員)
安齋徹雄(デザイナー)
永田浩三(武蔵大学教授、ジャーナリスト)
小檜山青(ライター)
伍賀一道(社会政策研究/ 元大学教員)
久保田貢(愛知県立大学 教員)
梶原 渉(大学院生、国際関係史)
後藤道夫(都留文科大学名誉教授、社会哲学・現代社会論)
服藤早苗(日本史研究者)
広瀬玲子(北海道情報大学名誉教授)
佐藤信弥(立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員)
尾﨑恭一(放送大学〔埼玉学習センター〕非常勤講師)
佐川庄司(福島県中世史研究会会員)
竹信三恵子(ジャーナリスト)
大塚けんすけ(会社員、ライター)
酒井かをり(小学館、出版労働組合連合会前中央執行委員長、日本マスコミ文化情報労組会義(MIC)前副議長)
前田 朗(東京造形大学名誉教授)
佐藤菜月(全国一般東京東部労働組合フリーランス支部、作家)
土屋 学(日本音楽家ユニオン代表)
吉田 晃(千葉学校労働者合同組合)
片岡 力(文筆家、編集者)
生駒さちこ(イラストレーター)
島田紀子(旅館松島 女将)
柘植信行(歴史研究者)
高橋 明(福島県中世史研究会)
渡部康人(福島県中世史研究会)
坂内三彦(福島県中世史研究会)
匿名希望 18名
(2023年8月24日現在)

※2023年7月21日、世田谷区に「声明」と賛同者・賛同団体一覧を届けました。
以後は、期限を切らずにこの声明への賛同者(団体・個人)を募ります。団体・個人で賛同してくださる方(HPでお名前公表可の方)は、以下まで、お名前と職業(職能)を書いてご連絡ください。
随時、HPにアップしていきます。よろしくお願いします。
【担当者連絡先】 sugimura09@union-nets.org