宝島社事件高裁判決に対する見解 〜フリーランス法(取適法)の立法意義を無視した不当判決である〜
3月19日、東京高等裁判所は、フリー編集者が宝島社を訴えた裁判の控訴審において、フリー編集者の訴えを棄却する判決を出しました。
この判決は、フリーランス法(取適法)の立法意義を反故にする不当判決であり、フリーランスの権利擁護に向けた動きに水を差すものです。
出版ネッツは、この判決に対して「見解」を発出しました。周知にご協力をお願いいたします。
宝島社「100分de名著 カール・マルクス『資本論』」事件高裁判決に対する見解
~フリーランス法(取適法)の立法意義を無視した不当判決である~
2026年4月27日
ユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)
2026年3月19日、東京高等裁判所(第2民事部・谷口園枝裁判長)は、宝島社を被控訴人とするフリー編集者I氏の訴えを棄却した。事件は、宝島社が下請法3条に定める書面(業務委託契約書)を交付せずに、書籍(「100 分de名著 カール・マルクス『資本論』」のマンガ化)の制作業務を発注、やり直しをさせた挙句、一方的に契約を解除したというもので、これを違法行為としなかった高裁判決は、フリーランス法(取適法)の立法意義を反故にする不当判決であると言わざるを得ない。
提訴に先立つ2023年、公正取引委員会は宝島社にこの事案に関する調査に入り、同年6月、下請法3条(書面の交付等=取引条件の明示義務)に違反する行為、および下請法4条2項4号(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し)違反のおそれがある行為と認め、「指導」という処分を下した。
こうした事実を踏まえ、特に重要な問題点について以下に指摘したい。
1.フリーランス法(取適法)3条違反を著しく軽視
高裁判決は「メールでごく概括的な内容の合意をしたのみで控訴人の業務が開始されているため、控訴人が行うべき業務の内容があらかじめ明確にされていなかった面がある」としながら、宝島社の違反行為を問うことなく、業務内容や報酬額について宝島社の主張をそのまま認める判断を下した。公取委が下請法違反とした「3条書面の不交付」を軽視したと言わざるを得ない。
出版業界にはこれまで(そして現在も)、発注内容・範囲や報酬額・支払条件が不明確なまま発注が行われ、トラブルになったときにはフリーランスが不利益を被るという状況があった。トラブルを未然に防ぎ、トラブルになったときには取引内容・条件の証拠として発注書面を利用できるようにと、下請法(取適法)/フリーランス法は3条で「取引条件の明示義務」を定めたとされる。
フリーランス法(取適法)は個人が被った権利侵害を直接救済する法律ではないが、この高裁判決で公取委の処分を軽んじ、民法上の不法行為の成立を認めなかったのは問題ではないか。
2.業務内容および報酬の誤認
高裁判決は、I氏が書籍制作一式を受注した請負契約であるとした一審判決を否定し、編集業務だけの請負契約であって報酬相当額も支払済みであると断じた。
一審では、宝島社がI氏に何の業務を発注したのかが争われた。宝島社は、本の制作の一部のみしか頼んでいないと主張、一方のI氏は、書籍の制作一式を受注したと主張した。I氏は宝島社の担当編集者とのメールのやり取りを証拠に出し、マンガ(シナリオ制作+作画制作)、本文原稿、本文デザイン・DTP、そしてそれらをまとめる編集業務等の制作一式を受注したことを証明した。報酬についても、担当編集者が「作画家○万円、シナリオライター○万円、…編集費35万円、計192万円」という総制作費をメールで提示し、I氏はこれに合意していた。I氏から外注したマンガのシナリオライターと本文ライターが証人となり、具体的な作業の指示を出していたのがI氏であったことを法廷で証言。これにより一審は、宝島社がI氏に「書籍の制作一式を発注していた」との判断を下した。
ところが、高裁判決では、I氏に頼んだのはマンガパート部分の編集のみとし、192万円の総制作費についても「宝島社がI氏に『グロス』での支払いを提示したことは…(制作一式を請け負うという)合意があったと認める根拠となるものではない」として、I氏の訴えを退けた。
このような事実誤認により、I氏が負担することになった外注者らの費用は一部を除いて支払われておらず、I氏には多額の債務が残っている。
高裁判決後の記者会見で、法廷で証言した外注のシナリオライターは「4か月も作業をしたのに、その費用を(宝島社が)1円も出さないことが合法となるなんて、とても驚いています」と語った。この問いに、裁判所はどう答えるのだろうか。
3.「不当な給付内容の変更(契約解除)」についての判断を回避
高裁が、I氏の受注内容を「本の制作の一部」とすることにより、「不当な給付内容の変更(契約解除)」の法解釈の判断を回避したことも問題である。
第一審の判決では、I氏が書籍の制作一式を受注したことは認めつつ、宝島社の下請法違反行為を含む行為は、民法上の不法行為とならないと判断した。制作過程で監修者の要望等に沿わない部分があったこと、宝島社の要望するスケジュールに応えられない状況に至ったこと、解除後、別の受託者により書籍が制作され発行に至ったことなどを挙げ、下請法第4条2項4号(不当な給付内容の変更・やり直し、フリーランス法では第5条2項2号)違反の「該当性の前提を欠く」としたのだった。しかしこれらは、3条書面の不交付、著者の要望を十分に把握しないまま業務を発注したこと、その後の著者の協力が得られなかったなど、宝島社側の不適法または不十分な対応に原因があった。
フリーランス法の解釈指針では、発注事業者が費用の全額を負担することなく、受注者の給付の内容が委託内容と適合しないことを理由として給付内容の変更(契約の解除)等をすることは認められないとしている。
高裁では、地裁で認められなかった下請法第4条2項4号違反が不法行為になるという法律論と損害額はいくらになるのかが争われるはずであった。だが、高裁判決では、「不当な給付内容の変更(=契約の解除)」の法解釈にまで踏み込まず、業務丸投げと契約解除の実態に即した判断をしなかったのだ。
まとめ
フリーランス法施行から1年半が経つが、まだまだこの法律が周知されているとはいえない。2025年11月1日付の朝日新聞によると、同年9月末までの勧告は小学館や集英社など4件、指導は441件で、その大部分が「取引条件の明示義務違反」と「報酬の支払い遅延」によるものだという。フリーランス法5条には「不当な給付内容の変更・やり直し」のほか「受領拒否」「報酬の減額」などの発注事業者の禁止事項が定められている。これらの禁止行為の予防策としても、3条「取引条件の明示義務」が持つ意味は大きい。
フリーランス法の一丁目一番地である3条「取引条件の明示義務」違反、核心といえる5条「発注事業者の禁止行為」違反の事実を重く受け止めず、発注事業者である宝島社の主張を丸呑みした本判決は、フリーランスの権利擁護に向けた動きに水を差すものだ。
諸事情により、I氏は上告を断念した。司法の場での争いは終結したが、このような司法判断を社会に定着させてよいはずはない。出版ネッツは、不当判決を乗り越えて、フリーランスが安心して働き続けられる社会をめざして尽力していく。
そしてなにより、発注者企業に対して、フリーランス法の遵守を強く訴えたい。
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