出版・Web関連産業で働くフリーランスが使える報酬アップのツール
出版・Web関連産業で働くフリーランスの報酬を引き上げる千載一遇のチャンスが訪れています。 出版ネッツの考え方は、「69年目を迎える春闘の果実が、フリーランスにも届く春となること」を呼びかけた「フリーランスの春闘宣言2025」で打ち出しました。報酬交渉では、この「春闘宣言2025」が一番のツールとして使えます。
「報酬アップに向けての資料」は、「急速な人口減、粘着する人手不足、人材流出の危機感から、政府、財界までもが賃上げに取り組む今、フリーランスを含めたすべての働く者の報酬アップは社会的課題と言える」(フリーランスの春 闘宣言2025)ことを、公正取引委員会の考え方や政府統計から裏付けるものです。
各資料の解説の前に、公正な取引に関する政府の問題意識を理解しておきたいと思います。今国会で審議されている下請法改正について、政府はこう言っています。
「近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、『物価上昇を上回る賃上げ』を実現するためには、事業者において賃上げの原資の確保が必要。中小企業をはじめとする事業者が各々賃上げの原資を確保するためには、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる『構造的な価格転嫁』の実現を図っていくことが重要。 例えば、協議に応じない一方的な価格決定行為など、価格転嫁を阻害し、受注者に負担を押しつける商慣習を一掃していくことで、取引を適正化し、価格転嫁をさらに進めていくため」下請法を改正する。(2025年3月11日下請法改正法案閣議決定、マーカー部分は筆者)
多くの企業が、人件費とともに下請への支払いをカットして利益を確保した結果、個人消費を不振にしたことが経済停滞の構造でした。これを反転させ、サプライチェーン全体で適正な価格転嫁を重ねることで、賃金・報酬アップが個人消費増、売上増につながる好循環を創り出すのがフリーランス法から下請法改正に通底する政策目標です。
相場以上に単価引き下げを強いる「買いたたき」はこれまでも禁じられていました。現在は、「上げるべき時に上げないのもNG」とし、「十分な協議をしたかどうかを見る」点に新しさがあります。どちらも、「春闘宣言」の趣旨に沿 へい、私たちが使える考え方です。

政府がフリーランス法の解釈を示した「フリーランス法(解釈ガイドライン)」では、「最低賃金の上昇率、春闘の妥結額やその上昇率」に比べて「据え置かれた報酬」が「通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額」と説明されています。(34-35ページ「買いたたき」より) 物価と賃金が上がる社会では、報酬も「適切に引上げるのが当たり前」なのです。受注者側から報酬引き上げの求めがあったのに「回答することなく」据え置くのがNGで、「十分な協議が行われたか」を見るという点(協議プロセスの重視)もポイントです。
公取委の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(労務費転嫁交渉指針)も、報酬引き上げ交渉に使えるツールです。下請けが企業の場合、「労務費」は従業員への賃金ですが、フリーランスの場合は自身の報酬で、「適切な転嫁」とは賃金・報酬のアップを取引価格に上乗せすることです。
公取委は、トップが向き合う、協議の場を持つ、公表資料にもとづく希望価格(要求)を尊重する、要求を理由に取引を切ってはならない、としています。いずれも、交渉の場で発注者に示したり説明したりするのに好適です。
「『令和6年度価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査』の結果について」(公取委)は、労務費価格転嫁の進捗と課題をまとめたものですが、注目は「今後の取組」です。
労務費重点21業種では「今後とも、積極的に端緒情報の収集を行うとともに、違反被疑事件の審査等を行い、独占禁止法や下請法上問題となる事案については〜事業者名の公表を伴う命令、警告、勧告など、これまで以上に厳正な法執行を行う」。出版を含む「映像・音声・文字情報制作業」は、コストに占める労務費の割合が高く労務費転嫁率が低い上、「労務費の上昇を理由とした価格転嫁の申出を諦めている傾向にある業種」として重点21業種にカウントされています。
「諦めている業種」と見られているのは恥ずかしい気もしますが、公取委が注目し、違反があれはばびしびし取り締まると宣言しているのは心強いことです。悪質な対応をされたら注意喚起もできますし、必要に応じ、公取委への情報提供や申告も考えましょう。
総務省の消費者物価指数と厚労省の賃金統計は、公取委「労務費転嫁交渉指針」がいう、希望価格提示の裏付けとなる「公表資料」の代表的な例です。報酬アップを求める際、その根拠となる資料として添えることができます。消費者物価指数は毎月下旬に公表されます。2025春闘はいま渦中なので、最新の賃上げ率は順次公表・報道されています。適宜、アッフプデイトすると説得力が増します。
(北健一/編集・執筆)
出版ネッツ機関誌「forum」2025年4月号より